がんストーリーは突然に~46歳、働き盛りの2児の母が直腸がんになった話~

2018年夏、元気印の働く母が突然がん患者になっちゃった…入院そして外科手術を経て、まだまだ続くがんストーリーを綴ります。

まさかの治療方針転換?手術日はどうなるの?

2018年8月7日(火)

 

朝9時20分に、がん研有明病院の主治医の診察外来を予約していた。今日も夫と2人で朝8時8分の電車で地元の駅を出発。もうすっかり慣れたもので、大井町駅での乗り換えもスムーズだ。最初はあまりに地下深くもぐるものだから少々怖くなるくらいだったけど、もう平気。

 

今日は久しぶりに朝から雨が降っている。傘がいるかいらないかの小雨だったけど。

 

再診の機械にカードを通していつものように呼び出し機をもらい、14番受付で待つ。9時20分過ぎ、予約時間通りにすぐに呼ばれて診察室へ入る。

 

今日は、先週木曜日のCTと注腸検査の結果を聞いて、手術が20日で正式に決まりですよ!と、とんとん拍子で話が進むものと思っていた。それなのに、検査結果のモニタ画面を見ながら先生は、これからやるMRIの結果を見てから放射線治療をするかどうか決めた方がいいと言い出した。

 

ほ、ほうしゃせん、ちりょう…?

これは初耳である。

 

 

どうやら、先週の画像診断の結果、割と深さ(専門用語的に言うと、浸潤:しんじゅん、がんが身体のどのくらい奥深くまで入り込んでいるかのこと)があるかもしれない…と言うことらしい。そして肛門からの腫瘍の距離が近いことも問題らしい。がんが深くて肛門から近ければ、先に放射線治療をして、がんを小さくしてから手術で切除する、ということが最良だというのだ。

 

正直、放射線治療と言うのは想定外。もう、まったくの想定外。

 

この言葉には本当にショックで、心底、辛くなった。

 

だってそもそもMRI検査の予約はお盆の帰省後の14日、来週だし。放射線治療をすることになると、手術をするのはそれから1ヵ月半から2ヶ月先になると言う。8月の20日に手術を予約していたのに、それもパーになってしまうと言うこと。全部仕切り直しだ。

 

なんだかもう、目の前が真っ暗になってしまった。聞いてないよ、放射線なんて!嫌だよ、放射線なんて!一刻も早く手術したい。夏休みの間に、全部カタをつけたいんだよ…。さすがの私も、まさかの展開に涙がこぼれる寸前となった。

 

でも!

神様は私を見捨ててはいなかった。なんと14日にしか予約が取れなかったMRIが、今日急に空きが出ていると言う。今日でMRI、良いよね?と先生に聞かれて、もちろんやります!!と即答する。今日はこの後、まっすぐ会社に行くつもりだったけれど、今日はすいません。病院優先させてください…。とにかく早くMRIをやりたかった。早く本当のがんの深さを知りたかった。

 

まさかの今日突然のMRIは本当にラッキーだと思う。取れた予約時間は13時半。まだまだ時間があるけれど、病院で待つことにした。一瞬空き時間を利用して会社に行こうかと思い、上司にも連絡したけれど、往復を考えると…しかも雨も降っているし、無駄な体力使わないほうがいいよと言ってくださって。それに従い、おとなしく時間まで病院で待つことにした。付き添ってくれている夫も今日は午後から会議が入っていたようだけど、なんとか調整して、会議には行かずこの先も一緒にいてくれた。

 

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いつものようにタリーズで2人で向かい合って過ごす。夫はコーヒーとサンドイッチ、私は水出しアイスティーを飲んだ。朝6時から何も食べていなかったから、先生の診察が終わったら一緒に朝食を食べようと思っていたのに…MRI検査前は食事ができないので、お昼はまだまだ先。これも本当に辛かった。はらぺこにもほどが…

 

そしてまた2人でインフォメーションに置いてあるがん関連の参考文献を読み込んでいて、もしかしたら放射線治療かも…思うと、今度は本当に涙が出てきた。何かわからないけどすごくショックで、何より手術が先送りされてしまうということが、ものすごく辛く感じた。

 

そこで読んだ参考文献によると、放射線治療はやるとしたら週5日連続で病院に通い、それから効果が出るのが1ヵ月半くらい先だと言うこと。放射線ってなんだかとても強そうだし、毎日ここに通うと言うのも、すごく身体の負担になるような気がした。抗がん剤は今のところやらなくても良さそうだけれども、それだって手術をしてみなければわからないこと。先生の診断では、CTと注腸検査の結果、わたしのがんはステージ2には達していないと言うように見える…と言う事だ。ステージ1のうちは、術後の抗がん剤は使用しないというのが、この病院の方針だという。でも。とにかく、MRIの結果が出るまでは全然安心できない。

 

まぁ、ずっと落ち込んでいても仕方がないので、スマホフェイスブックを見たり、持ってきた本を読んだりして時間を過ごした。そうこうしているうちに13時半になり、2階のMRIのところで待っていた。すぐに名前は呼ばれた。また検査着に着替え、金属のものは体から全て取り払う。が、またやっぱり結婚指輪だけは外し忘れていた。

 

MRI検査では、静脈から造影剤を入れると言う。看護師さんが最初、左腕に入れようとしたらうまくいかず、右腕の先日のCTと同じところに注射針を入れた。少し冷たい水を体に入れられて、それからMRIの部屋に入った。男の技師の方が2人がかりで対応してくれた。お腹をしっかりベルトで固定して、腕は胸の上で組んでください、音がすごいところに入りますよ…と言われた。クラシック音楽のような曲がうっすらと流れていて、そのうちMRIの金属音が、ウィーっとか、ピコピコとか結構な音量で鳴っていた。オレンジ色の耳栓をもらってそれを付けたけれども、外したらどれだけの音になるのだろうか。ちょっと大げさだなと思ったけれども、耳栓をしてもはっきり聞こえる位の音だったのでやはり大きな音なんでしょう。そして何度も、多分撮影をしているんだろうけれども、動かないでください、そのままでいてください…などと女性の声が入ってきて、それに対応した。ずいぶんと長く撮影しているような印象を受けた。そして最後の方でようやく造影剤を入れられた。でも別に痛くも痒くもないので、MRI検査はとても楽だと感じた。しいて言えば、ちょっとうるさいだけ。特に人体に害は無いとの事だったけれども、これでどんな写真が取れるのか後で見るのが楽しみ…なわけはなく。見るのは怖いと思った。

 

そしてまた1階に降りて、診察受付に、MRIが終了した旨伝えた。するとまた呼び出し機が鳴るまで待っていて下さい、と言われる。とにかくお腹が空いていたので、東京会館でオムライスでも食べたい気持ちでいっぱいだったけれども、その間に先生に呼ばれたら失礼だと言うことで、夫の強い反対に会い、お腹ペコペコだったけれども我慢した。いや正確には、ファミリーマートで暖かいフォーと、はらこめしのおにぎりを買ってすぐに食べた。とにかくお腹が空くと無駄にイライラしてしまうからね。食べるの大事!

 

食べたら少し落ち着いて、自分の気持ちも落ち着いたようだった。3時半を過ぎた頃に診察室に呼ばれた。先生は私たちが部屋に入るやいなや、いきなり「検査の結果は…」としゃべり始めたから、なんだかおかしかった。先生、ずいぶん気が早いよ!まだ椅子に腰かけてもいないよ!

 

で、MRI検査の結果、どうやら筋肉層のその先にまでは浸潤していないようであった。放射線治療の必要もなく、予定通り20日に外科手術をするということで話がついた。

 

とりあえず…そりゃあ、ほっとしたけど、この画像診断結果は本当に大丈夫だろうか?と言う気持ちもあった。疑うわけじゃないけども。それを察した先生はわたしたち二人に詳しく、モニタを指しながらここがこうでああで…と言うような説明をしてくれて。大腸の周りの黒い輪っかみたいになってるところが黒いままだから、放射線はしないで大丈夫だ、と言うようなことを言っていた。いや「大丈夫」と言う言葉は医師は決して使わないのだけれど、そのようなニュアンスだった。

 

そして手術日、8月20日(月)までの段取りについて聞くと、土日の入院開始は無いので、17日の金曜日から入院することになると言われた。そして人工肛門は免れられないという事になったので、入院期間は2週間を見ておくと言うこと。入院のときの持ち物等についての説明はまだ聞いていなかったので、それは今日このあとすぐに別の担当者から説明してもらうよう、パソコン上で先生が手配してくれた。

 

とりあえず予定どおりに20日に手術ができることになった事は本当に良かったし、ゴルフや山登りなどの運動をしても差し使えないと言われたので、北海道の帰省旅行でも思うように過ごせると思う。この点についても夫は私より積極的に質問していたけれども、それだけ彼も不安なんだと思う…

 

まぁとにかく、当初の予定通りになって一安心である。

朝は本当に絶望的な気持ちで放射線治療のことを考えていたけれど、そこを免れられて本当に良かった。放射線治療は別に悪い治療でも何でもないし、実際にそれでがんが小さくなって手術効果が上がるケースもあるとは聞いている。でも、自分には関係ないと、なぜか思い込んでいたからね…。想定外のことが突然降って湧いてくると、ひとの心は大きく乱れ、落ち込むのだね…。

 

ひととおりの方針が固まったので、夫は安心して、仙台へと戻っていった。ここからは私ひとりで病院に残る。

 

それからしばらくして看護師さんに呼ばれ、入院までのステップについて話を聞いた。9番の入退院受付でまず詳しい話を聞きなさい、と言う事だったので早速行くと、4つ位のブースがある小さな部屋であった。ここの説明で、パジャマは1日200円でレンタルでき、着替え放題である、と言うことや、パソコンの持ち込みはOKだけれどもポケットWi-Fi等がないとインターネット環境は院内にはないと言うことなどを確認した。(実際には1Fのタリーズ周囲には、タリーズ提供の無料Wi-Fiがあるし、ファミマ付近にはファミマWi-Fiはあるけれども。各病棟にはないということ)

 

そうこうしているうちに呼び出し機のベルが鳴って、今度は人工肛門についての説明を看護師さんに受ける段になった。また別の「相談室」と言う小さな部屋に入り、かなり詳しく人工肛門についての説明を受けた。このこともまた、私にとっては青天の霹靂。内田春菊さんの体験記「がんまんが」で読んではいたけれど、まさか自分は違うだろうと、漠然と思っていたからね…。

 
がんまんが 私たちは大病している (BUNKASHA COMICS) [ 内田春菊 ]

 

 

人工肛門のことは別名「ストーマ」と言い、ギリシャ語で「口」を意味するということ。自宅で自分で定期的に排泄物をためる袋を取り替えなければならなくて、それが週に2回の交換で、1ヵ月で約1万円位かかると言うこと。そしてそれは保険適用外で自己負担であると言うことにはちょっと驚いた…。そして入院中に何日もかけてストーマケアの仕方を勉強すること…などを教わった。結局、思っていたより入院期間が長いのは、半分くらいの日数をこの人工肛門に慣れるために要する言うことだった。なんだかそう考えると…なんだかなぁ、と言う感じがするけれども、本当にこれは私に迫った現実なのだなぁ…とも思う。

 

新しいことが次から次へと訪れて、とても新鮮な気持ちである一方、やっぱりがんって結構大変なことなんだなぁ、と思う。人工肛門ということは本当に結構大変そうで、考えるだけでもちょっとぞっとするけれど、生きていられるだけいいのかな…と思うしかない。

 

そんなこんなで丸一日病院で過ごした。ぜんぶ終わったら5時を過ぎていた。気持ちの浮き沈みも朝からとても激しかったので、今日はものすごく疲れ果てた。すごくすり減った気がする。消耗しまくった。もう自暴自棄じゃないけれども、晩ご飯なんて作る気力などない。それにお腹も空いている。結局最寄り駅まで帰って、次男と待ち合わせて、駅近くのレストランで定食を食べた。そして7時からのスカイプレッスンがあったので、タクシーで急いで帰ってパソコンをつないだ。こんな状況でも仕事をしなければいけないって言うこと。なんか、もういろんなことがどうでもいいような気がして。それでも現実にはいろいろやることがあって。北海道の実家にも電話をした。9日の朝の早い時間帯の飛行機で行く予定だけれども、台風が来て欠航になりそうだと航空会社からメールが来たから、朝ではなく夕方出発の便に変えたことを話した。そして友達とのランチ会や飲み会があるけれど、今回は自分で運転して往復する、お酒は飲まないからね、と言う話をしたら。あんたが飲まないのは肝臓でも悪くしたのかい?と母に聞かれ、ちょっとどきっとした。母にがんのことを言うのはやっぱり辛いけれど、言うしかないんだろうなぁ。先日告知したばかりの妹と義理の母にも、LINEで手術の日程を連絡した。

 

こうやって1日1日、手術までの日を過ごしていくのだなぁ。

 

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